FJC21の活動について

「うつき祭」のご案内 2012年 6月2日(土)午後1時〜5時午後1時〜5時

会 場  飛鳥寺 (近鉄橿原神宮前易より岡寺前行きバス10分、飛鳥大仏バス停下車)

内 容 「法要」道昭忌・定慧忌・三尼忌
    「実践」坐禅冥想
    「講話」蓑輪顕量(東京大学)・有働智奘(大本山薬師寺・國學院大學特別研究員)

参加費  1,000円(当日、受付申し受けます)

申し込み方法 下記フォームからお申し込みください。当日受付も可

「うつき祭」について

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うつき祭は、日本仏教を先駆けた法興寺(現・飛鳥寺)の道昭上人、多武峯の妙楽寺(現・談山神社)の定慧上人、そして日本で最初に尼僧となられた善信尼・恵禅尼・禅蔵尼の足跡を確認し、その威徳を顕彰仰賛すべく、法要と禪觀の実修、そして専門家による講演を行うものであります。「日本仏教の原点を再発見し、これからの日本の精神性を見つめ直す」という趣旨で、日本に初めて禅観をもたらした道昭和上の命日に合わせて行います。うつきの花の季節であることから「うつき祭」と名づけさせていただきました。

偖、あまり周知されていないことのようではございますが、日本で最初に僧侶となられたのは三人の尼僧さまたちでありました。日本仏教は彼女たちから始まったと言うことができます。

まず、敏達帝十三年(五八四)、善信尼が高句麗の渡来僧恵便法師のもとで出家、次いで恵禅尼と禅蔵尼が、善信尼の弟子となって出家され、大和国の桜井道場を拠点とされました。同年、蘇我馬子が邸内に百済請来の弥勒石像を安置した際には、この三人の尼僧さまたちが斎会を行ったと伝えられております。翌年、物部守屋による廃仏運動により尼僧さまたちは法衣を剥がれて全裸にされ、群衆の面前で鞭打たれるという屈辱を受けましたが、蘇我馬子発病の折には、馬子が仏法による病気平癒を願ったため、勅許により再び寺院に戻り、病気平癒を祈願することとなりました。そして崇峻帝元年(五八八)には、改めて正式に受戒するため、朝鮮半島の百済に渡り、戒律を学んで、同三年に帰国し、桜井の地に仏法を興隆なさいました。なお、この時点ではまだ日本に男僧寺院はありませんでした。

飛鳥寺(もと法興寺・元興寺とも)は、開基を蘇我馬子とする日本最古の本格寺院でございます。その東南の隅に禅院を建てて住まわれたのが、道昭和上でした。道昭和上(六二九〜七〇〇)は、唐の都・長安に渡り(六五三年)、かの『西遊記』でも知られる玄奘三蔵に直接師事して唯識を学び、その傍らで禅観を修しました。そして、朝鮮半島を経由して日本に帰国(六六〇年)した後、最新の唯識学と禅観を飛鳥の地にお伝えになられました。お弟子にはかの有名な行基菩薩さまがおられます。道昭上人御自身もまた、全国を遊行して各地で土木事業を行われ、山城(現在の京都)の宇治橋を初めて作られたことでも知られております。七十二歳で示寂され、日本で初めて火葬に付されました。

 定慧和上は、大織冠中臣鎌足の長男にして出家、唐の慧日道場に学ばれ、帰国後は多武峯に妙楽寺(現・談山神社)を建立なさいました。曽我氏においても当時には無かった藤原氏の長男の出家。当時としては大変なことであったことは想像に難くありません。

このたび、わたくしどもは、道昭和上、定慧和上、三人の尼僧さまたちの御威徳を仰賛し、以て日本仏教の嚆矢たる飛鳥仏教の意義を顕彰いたしますとともに、加えて現代における尼僧の位置づけを考え直すべく、道昭和上の忌日に当たる六月二日、飛鳥寺様において法要、坐禅冥想、講演を行いたいと発願いたしました。このことにより、飛鳥仏教の特色を現代に甦らせ、飛鳥・大和の霊地でこの国の精神性の原点を確認し、そこから新たな「再生」の道を探りたいとの願心を込め、この行事の開催に臨みたいと存じ上げる次第でございます。

平成二十四年五月吉日

「二十一世紀の智と実践」フォーラム
顧 問 木村清孝(鶴見大学学長・東京大学名誉教授)
代表幹事 蓑輪顕量(東京大学大学院教授)
幹 事 辻村泰善(元興寺住職)
幹 事 吉田叡禮(花園大学准教授)

「二十一世紀の智と実践」フォーラムについて

私どもの「二十一世紀の智と実践」フォーラム(略称:FJC21)は、二〇〇三年一一月、奈良の地において産声を上げた有志の団体です。社会の先端的な現場において活躍する人たちと、大学その他の研究機関において専門的な研究に関わる人たちが協働して、現代社会が抱えるさまざまな困難な問題を考え、その解決策を摸索していこうという趣旨のもと、ダライラマ法王猊下の来臨を機に、法王猊下との懇談・討論の場をもち、小さなフォーラムとして発足いたしました。その後、毎年、年次大会を開催し、一昨年の第七回目からは、幅広く一般の方々にも門戸を開放し、有識者の方たちの講演を中心に、年次大会を進めてまいりました。
一昨年に開催いたしました第七回年次大会は、西大寺様と元興寺様において、「心を見つめ、心をみがく」と題し、思索と実践の両面から、仏教の瞑想がもつ現代的な意義と奈良の伝統との連続性を見出すべく、三日間にわたり開催いたしました。また、昨年の第八回年次大会では、「霊山信仰と日本の将来」と題し、吉野を会場に、日本人の心情と山岳信仰との関わりを中心に討議し、実践への道筋をつけることができました。今年の第九回年次大会は、「飛鳥の歴史と建邦の神々 ~人づくり・国づくり・これからのコミュニティー~」をテーマに、一〇月一三・一四日の二日間、大神神社様におきまして年次大会を開催させていただく計画を進めております。
また、これまで元興寺様の禅室においてほぼ毎月、「是心会」と称し、諸方の大徳・専門家を拜請して坐禅・冥想と講話を行ってきております。

代表からのメッセージ(6) 2010.9

小顔写真(木村教授:2) のコピー.JPG皆さん、お元気でしょうか?
やっと猛暑が続いた夏が終わり、さわやかな秋を迎えました。それぞれに、さまざまな楽しい計画を立てておられることでしょう。
私たちは、おかげさまで無事に平城遷都1300年記念企画「心をみつめ 心をみがく」を終えることができました。参加者・実習者は延べ人数で300人弱でしたが、とても有意義な充実した行事になったと喜んでおります。ご協力、まことにありがとうございました。
さて、今回は、平成18年9月に「伝統の継承」をテーマとして開かれた第3回年次大会についてお話しましょう。この時には、まず、興福寺貫首であられる多川俊映先生に「春日浄土と唯心浄土―心と形―」と題するご講演をいただき、続いて、漆工芸家の北村繁先生と元奈良高校校長の上田貞夫先生にそれぞれのお仕事を踏まえて「事例報告」をしていただきました。北村先生のご報告のタイトルは「北村家四代―これまでの環境と意識―」、上田先生のそれは「失われた日本の良き教育」です。いずれもその表題からおおよその内容をご推察いただけると思いますが、「伝統」とはいったい何なのか、文化的な「形」として結晶した宗教伝統にはどういう意味があるのか、教育において先人の知恵の集積としての「伝統」は生かされているのか、長い間の修業を必須とする伝統技芸はこれからも存続できるのかといった重要な諸問題について、深い洞察と示唆に富むお話でした。私たちは、分野を問わず、「よき伝統」をしっかりと受け継いでいかなければならないこと、その中でこそ豊かな心がはぐくまれること、またそこからこそ真の「創造」も誕生してくることなどを学んだのです。
皆さんもぜひ、この「よき友の集い」に参加してください。ご連絡をお待ちしています。

代表からの緊急メッセージ 2010.8

小顔写真(木村教授:2) のコピー.JPGこのたび、私たちの企画「心をみつめ 心をみがく」(別記参照)の第一会場である元興寺の禅室の屋根裏に使われていた檜の木材の一本が、6世紀末のものであることが明らかになりました。現役で頑張っている、世界最古の「頭貫」(かしらぬき)の部材です。
私たちは、第一日目、この1400年以上も前から生き続けてきた「木の精」ともいえる頭貫に見守られて、お釈迦様の戒法を受け、お釈迦様の瞑想を学ぶのです。6世紀へ、さらにはお釈迦様の時代、紀元前5世紀へのタイムスリップです。今からワクワクしています。何と幸せなことでしょう!
まさに、仏神のご加護のもと、千載一遇の機会というほかありません。

企画には、まだ多少の参加申し込みは受け付けられます。私たちの「善き友」となって、この幸運にあずかられてはいかがでしょうか?
私からの、開催前最後の呼びかけです!!

代表からのメッセージ(5)2010.8

小顔写真(木村教授:2) のコピー.JPG今年の夏は大変な暑さが各地で続きましたが、皆さん、お元気でしょうか?

いよいよ私たちが本年度最大の行事として企画した、平城遷都1300年記念「心をみつめ、心をみがく」の開催の日が近づいてきました。9月3日(金)から5日(日)まで、あとほぼ一カ月です。詳しいことは別記の通りですが、皆さんは、もう申し込んでくださいましたか? いずれのセクションもまだ若干の余裕がありますので、まだの方は、是非、最終締切りの今月20日(金)までにお申し込みください。首を長~くして、お待ちしております。なお、お問い合わせは、info-2@fjc21.jpまで。

前回は、第2回年次大会について述べました。この流れからいけば、今回は「伝統の継承」をテーマとして開かれた第3回年次大会のことをお伝えするのが自然でしょう。あるいは、それを期待されている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、勝手ですが、それは止めて、決して多くはない会員と資金で、なぜ上に挙げた「大行事」を敢行しようとしているのか、ということについてお話しさせていただこうと思います。
私たちは、今の日本では、モノが豊かなこと、カネがあることが素晴らしいこととされ、心の大切さが見失われてきていると考えています。けれども、モノやカネは、生きていくための手段であって、その目的ではないはずです。
もちろん、現代社会では、一定以上のモノやカネがなければ、生きていくことはできません。また、モノやカネがたくさんあることから、安心し、自信をもち、人にうらやましがられて優越感を抱くというようなこともありましょう。しかし、そのことによって、かえって「どこに保管しようか」と悩んだり、「盗まれるのではないか」と心配したりすることも出てきます。
禅の言葉の中に「無一物中無尽蔵」という言葉があります。「自分のものが何もないところにこそ、数え切れないほどの宝がある」「貧しい人こそ、大金持ちだ」というのです。これは、「モノやカネにとらわれなくなって、はじめてほんとうに自由になり、安心が得られる」ということを表したものですが、皆さんはどう思われますか?
ともあれ、心は一方的にモノやカネによって作られたり、支配されたりするものではありません。むしろ、心をしっかりと打ち立て、その心に基づいてモノやカネを上手につかうことによって、モノやカネも生かされます。そして、そういう心を作り上げる根底に「心をみつめ、心をみがく」という、広い意味での瞑想の実践があると私たちは考えます。
今回の企画は、このことを一人でも多くの方々に知ってもらいたいという願いに発しているのです。



代表からのメッセージ(4)2010.6

FH000021.JPG梅雨の季節に入りましたが、皆さん、お元気ですか?

別にご紹介している「平城京遷都1300年」を記念する協賛企画(9月3日(金)から5日(日)まで実施)の準備や本務校の大学の年度初めのさまざまな仕事に追われて、少し間が空いてしまいました。まさに〈間抜け〉で、申し訳ありません。
ちなみに、上記の企画には幸い少しずつですが、熱心な方々からお申込みをいただきつつあります。まだの方は、ぜひ早めに、まずはこちらへにアクセスしてみてください。

以下は、お約束していた本会の活動の経緯のご紹介です。
本会の第2回年次大会は、高齢者問題を中心的なテーマとして、平成17年9月に奈良商工会議所大ホールで開かれました。特別講話は東京大学名誉教授で当時の国立環境研究所の所長を務められた大井玄先生にお願いしました。演題は「痴呆と解脱」。この演題からして、ちょっとびっくりされるかもしれませんが、先生は「痴呆は幸せな状態であり得る」「痴呆は束縛からの解脱である」などと論じられ、聴衆にある種の強い衝撃と安堵を与えられました。また、「歳を取ることはすばらしいこと」という、いつの間にか私たちが忘れかけている大切なメッセージもいただきました。
このほか、宮内康二氏(ニッセイ基礎研究所研究員)による「ジェロントロジー:年をとることを正しく理解するための学問」と岡田真美子氏(兵庫県立大学環境人間学部教授、NPO 千姫プロジェクト理事長)による「看取りの文化―長寿社会のセーフティーネットづくりのために―」という、2つの事例報告も、たいへん有意義、かつ、興味深いものでした。それだけに、報告後の質疑応答と討論も、とても活発でした。詳しいことは本フォーラム発行の「報告集」第2号をご覧いただきたいと思いますが、総じて、高齢者の方々に安心と新たな生きる勇気を与えるとともに、諸種の行政機関には高齢者対策のあり方について再考を迫る、文字通り「智と実践」をリンクする大会になったと自負しています。

代表からのメッセージ(3)2010.3

FH000021.JPG皆さん、お元気ですか?
私たちのFJC21が、ダライ・ラマ法王との座談会の成功を承けて、第1回の年次大会を開いたのは、平成16年9月です。場所は、奈良市の中央公民館で、100人前後の参加者があったと記憶します。このときには、まず特別講話を当時、東大寺の別当をお勤めで、イスラム教にお詳しい森本公誠師にお願いし、仏教とイスラム教の関係や、現代において仏教は何を目指すべきかについてお話しいただきました。次いで、「事例報告」として、インドで平和活動を展開されている中村行明師に、当時のインディラ・ガンジー首相らの支援を受け、ラダックに「仏舎利塔」を建立されたことにまつわるお話を伺いました。さらに、国際総合知財ホールディングス代表の並木幸久氏に、科学技術発展の現況と日本の歩むべき道について論じてもらいました。その並木氏は、日本の最大の国家戦略は「国民一人一人が日本の美徳を理解して、日本の知的ソフトパワーを育てること」と結論されています。
どれも、ほんとうに中身の濃い、いいお話で、何千人、何万人の心ある日本の人々に「聞いて欲しかったなあ」と、つくづく感じたものです。その後の質疑応答も、とても活発でした。
まだこの大会の「報告集」も、残部がいくらかあると思いますので、ご希望の方は事務局までご連絡いただければ幸いです。

代表からのメッセージ(2)2010.2

FH000021.JPG皆さん、お元気ですか?
お約束したように、これから毎月1回、アクセスしてくださった皆さんに、本会のこれまでの歩みとこれからの活動についてご紹介してまいります。
本フォーラムが成立・発足したきっかけは、平成16年に奈良で行われた、チベット仏教の総帥、ダライ・ラマ法王との座談会です。すなわち、この年の11月、ダライ・ラマ法王はある政治団体の招きで久しぶりに日本を訪問され、伊勢神宮や奈良の諸大寺を参拝されました。このこと自体、「宗教交流」の意味において極めて重要な、いわば世界史的な出来事だったといえますが、その折に、法王の忙しい日程の一部に上記の座談会が組み込まれ、まことに意義深い討論が温かな雰囲気の中で遂行されたのです。法王ご自身も、このような形の集まりが日本では初めてだったらしく、とても喜ばれ、「また機会があれば」といってくださいました。その参加者9名と、オブザーバーとして討論を聞き、フロアーから発言されるなど、強い関心をもった数人の方々が、本会の主要メンバーとなっています。
ですから、本会の会員は、総じて宗教の世界に強い関心があります。しかし、宗教に関する共通項は、心が大切だと考えていることと、諸宗教がそれぞれにその心のありようを深く追求してきたと理解していること、この二つでしょうか。決して皆さんに特定の宗派や宗教を押しつけることはありませんので、どうぞ安心してご参加ください。

代表からのメッセージ(1)2010.1

皆さん、あけましておめでとうございます。
これから毎月1回、アクセスしてくださった皆さんに、私からのメッセージをお届けすることにしました。よろしくお願いします。
本フォーラムは、マジメな研究者と現場で汗を流している実践者をリンクした集まりで、本気で日本と世界の将来について議論し、ほんとうに大事なことだけを発信していこうと考えています。といっても、キマジメで、肩がこるような会ではありません。むしろ、とても温かな人が多く、その場にいるだけでほっとすることも多いのです。
本フォーラムの具体的な活動のありようについては、次回から順次ご紹介してまいります。もしも関心をお持ちになったら、気軽にご連絡ください。そして、仲間になってください。
あなたの声が届く日を心待ちにしています。

FJC21の活動について


”こころにきく瞑想”の会は、毎月第2日曜日に元興寺・禅室(世界遺産)で行っています  案内はこちら

そもそも、仏教は体験の宗教であり、その体験とは心の観察を意味しました。
それは止と観との言葉で表現されました。心の働きを静める止を実践し、自分の心の働きを容易に捉まえられるようにします。
次いで観を実践することによって、心の働きが生じては滅するものであることを体得します。また、同じ観によって、自分の心に生じる、さまざまな反応を最初の段階で止められるようにします。
こうなれば、人生において不安や恐怖におののくことは次第になくなっていきます。なにが起きても泰然として受けとめて積極的に対処していく、すなわち生きていくことができるようになるはずです。

日本においても、遠く飛鳥時代に法相宗の道昭が唯識観という名称で呼ばれる心の観察を伝えました。また『日本書紀』には「元興寺(当時は飛鳥の法興寺です)の東南のすみに別に禅苑を営み、道昭から禅を学ぶ者が多かった」という記述が残っています。
日本最古の本格的仏教寺院である法興寺が、平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し、現在の元興寺となりました。その元興寺で始まる「こころにきく瞑想」、飛鳥時代に伝わった禅観の復活、そして現在の禅まで、体験します。ご期待下さい。

トピックス

  • 会の名称を、21世紀の<智と実践>を考えるフォーラムから「21世紀の智と実践」フォーラムに改称しました。
  • 「こころにきく瞑想」の会が、ならまちの元興寺で始まりました。 
    • 第6回年次大会は、2009年9月26日(奈良市男女共同参画センターあすなら・大会議室)入場無料

年次大会報告集の販売を始めました

年間テーマ

2003.11.04
ダライ・ラマ法王座談(討論)会
2004.09.04
第1回年次大会(奈良市中央公民館・大ホール)特別講話「一仏教徒として思うこと」森本公誠(東大寺別当)事例報告「インドに仏舎利塔を建てて」中村行明(ブッダ会・会長)事例報告「どこまで行くのか科学技術」並木幸久(国際総合知財ホールディングス代表取締役)
2005.09.03
第2回年次大会(奈良商工会議所・大ホール)特別講話「痴呆と解脱」大井 玄(東京大学名誉教授・元環境庁国立環境研究所所長)事例報告「ジェロントロジー・歳をとることを正しく理解するための学問」宮内康二(ニッセイ基礎研究所研究員)事例報告「看取りの文化〜長寿社会のセーフティネットづくりのために〜」岡田真美子(兵庫県立大学環境人間学部教授)
2006.09.02 伝統の継承
第3回年次大会(奈良市中部公民館・大ホール)特別講話「春日浄土と唯心浄土-心と形-」多川俊映(興福寺貫首)事例報告「北村家四代-これまでの環境と意識-」北村 繁(漆工芸家)事例報告「失われた日本の良き教育」上田貞夫(元奈良高校校長・奈良学園事務局長)
2007.09.29 儀礼の心と文化
第4回年次大会(奈良県立図書情報館・交流ホール)特別講話「儀礼と文化」千田 稔(奈良県立図書情報館館長)事例報告「今に伝わる古代の響き」大原弘信(正暦寺住職)事例報告「伊勢神宮式年遷宮の文化と心」本澤雅史(皇學館大学教授)
2008.9.20 おとなの教育・こどもの教育
第5回年次大会(奈良県立図書情報館・交流ホール)基調講演「教育基本法の精神と地球の未来」田渕五十生(奈良教育大学教授)事例報告「奈良県の教育 東大寺学園の教育」矢和多忠一(東大寺学園中高等学校校長、元・奈良県教育長)事例報告「生きることの意味を発見させるー大人と子どもの教育を繋ぐものー」戸田孝子(東京学芸大学講師)
2009.9.26 こころの対話と創造ーコミュニケーション力が生み出すものー
第6回年次大会(奈良市男女共同参画センター「あすなら」大会議室)基調講話「21世紀の人間形成と対話」多田孝志(目白大学外国語学部教授・日本国際理解教育学会会長)特別講演「挨拶からはじまるコミュニケーション」酒巻 久(キャノン電子株式会社 代表取締役社長)事例報告「コミュニケーションから見える生活」秋吉龍成(出水市 曹洞宗龍光寺)
2010.9.3〜5 心をみつめ、心をみがく
平城遷都1300年記念企画 第7回年次大会詳しくはこちらをご覧下さい
2011.10.29〜30 霊山信仰と日本の将来
第8回 年次大会(吉野山 竹林院 奈良県吉野郡吉野町)詳しくはこちらをご覧下さい

是心会(ぜしんかい)

これまでの指導者(順不同)
講義:「仏教の瞑想概観」蓑輪顕量 先生(東京大学大学院教授)
瞑想指導:ギャナ・ラトナ 師(愛知学院大学非常勤講師・バングラデシュ僧侶)
瞑想指導:タニヨー 師(タイ僧侶)
瞑想指導:北村晴幸 師(高野山僧侶)
禅 指導:中島祖洸 師(臨済宗玉台寺住職)
禅 指導:吉田叡禮 師(花園大学準教授・臨済宗観音禅寺住職)

活動指針


8FAC8AE78ECA905E81i96D891BA8BB38EF681F82Q81j2082CC83R83s815B.JPG現在、世界を取り巻く深刻な問題に、私たちは誰一人として無縁ではありません。特に昨今の私たちの日常生活を脅かす問題は、多種多様です。精神的な問題はそのなかでも特に大きなものと思われます。私たちは、私たちが社会的にも個人的にも直面する宗教、科学、思想、社会などの諸問題に正面から取り組もうと決心し、「21世紀の<智と実践>を考えるフォーラム」を奈良の地において結成致しました。その理由は、奈良の地は、文化的にも精神的にも日本の「ふるさと」であり、この地で培われてきた精神風土に、現代の危急の問題を考え、解決していく糸口があるのではないかと考えたからです。たとえば、日本人の宗教として私たちの心の中に深く根をおろした仏教についていえば、奈良の地は古来、学際的に研究できる土壌を持ち、実践の面では普遍的な瞑想や象徴主義的性格を底流に保ち続けてきました。また、日本を考える際に忘れることのできない神道についていえば、春日や三輪の地など、重要な場所が地域内に存在し、今にその伝統を伝えています。
 そのようなところから、私たちは今後の日本の「智と実践」を模索するのに、奈良の地はもっとも適した場であると考え、将来を見据えて、智の再生を目指すとともに、その智を生かす実践を模索していこうと活動を起こしました。
具体的には次のような活動を行うことを決意しています。

1.年次大会の開催
2.会誌の発行
3.ボランティア活動への参加
4.講師の派遣
5.その他必要な事業

 私たちのフォーラムは広く、研究者、実践者(宗教に関わるものだけではなく、市民活動など広範な活動までを含みます)そして一般の方々にも声をかけ、参加を呼びかけています。今、私たちに何かができるのではないか、また何かをしなければならないのではないか、とお考えの方々、是非お集まりください。覗いてみていただくだけでも構いません。皆様方の積極的なご参加をお待ち申し上げております。


報告集が購入できます


第4回(2007)082.jpg1冊500円
(送料別)
次の寺院でもご購入いただけます。
(現在、交渉中)